清水健太郎 (Shimizu Kentaro)
大阪大学大学院医学研究科救急医学(Department of Traumatology and Acute Critical Medicine, Osaka University Graduate School of Medicine)
共同研究者氏名・所属
蛯原健1、光山裕美1、塩飽尭之2
1. 大阪大学大学院医学研究科救急医学
2. 大阪急性期・総合医療センター
研究テーマ
酸素需給バランスからみた高山病の病態解明
Characteristics of Oxygen Supply-Demand Ratio for Acute mountain sickness
研究結果の概要
背景:
生体が高地環境に曝された際に、その環境変化に適応できず頭痛などの症状を呈するようになるが、この状態を急性高山病(Acute Mountain Sickness(AMS))と呼ぶ。近年富士山や、北アルプスなどの3000m級の山に多くの登山客が訪れ、その数は富士山だけで年間25万人以上である。その中には上記の高山病を呈するものも多く大多数は頭痛や消化器症状に止まるが、中には肺水腫や脳浮腫などの致命的な症状を呈する症例もある。高山病の診断、治療に関してはまだ確立されたものは少数であり、その病態解明は重要な課題である。
目的:
本研究では高山病は酸素需要に対する酸素供給の負債または、酸素利用の障害が病態の本質と仮定して、高所における酸素の需給バランスを酸素の運搬能に注目して明らかにすることとした。
対象と方法:
富士山に登頂し富士山測候所にて宿泊した健康成人11人を対象とした。
1. 登山行程において適宜バイタルサイン測定(脈拍、血圧、SpO2、表面温度)を行った。
2. 富士宮市の宿舎(標高120m)、測候所(標高3775m)、下山後の5合目(標高2380m)の3箇所で静脈血液の血液ガス分析、生化学検査、ヘモグロビン濃度を測定した。またエドワーズ社製のクリアサイトシステムを用いて富士宮市の宿舎(標高120m)、測候所(標高3775m)における心拍出量を測定した。
3. Lake Louise Acute Mountain Sickness scoreを用いて頭痛を含み合計3点以上をAMSと定義した。測候所到着後1時間、6時間、12時間の3点でAMS scoreを評価し、2回以上AMSであったものを高山病と診断した。高山病と診断したものは3回の測定のうち最高のAMS scoreを用いて軽症:3?5点、中等症:6点以上と分類した。
高山病とバイタルサイン、血液所見、心拍出量の関連を検討した。
結果:
山行前日は富士宮市内の宿舎に宿泊し、朝一番に5合目まで車両で移動し、その後10時間かけて富士山に登頂した。測候所で13時間半の滞在を行ったのち下山した。行程表を図1に示す
本山行において高山病を呈したものは6人おり、軽症3人、中等症以上3人であった。
登山者の背景を高山病の有無も合わせて表1に示す。
年齢の高い男性に高山病を発症した登山者が多い傾向があった。そのほかの測定項目に高山病の発症の有無での特記すべき特徴はみられなかった。
表1 登山者の背景
心拍数ならびにSpO2の推移を図2に示す。
全体としては同じ傾向を示すが、測候所では心拍数ならびにSpO2の動きは全体的な傾向は心拍数は上昇し、SpO2は低下するが、高度が上がるに伴って、個人のばらつきは顕著であった。高山病を呈した群とそうでなかった群の2群で分けたが、特記すべき特徴は認めなかった。
(1)心拍数 (2)SpO2
図2心拍数ならびにSpO2の推移
採血結果を示す。高所での代償機構は低酸素に対して過換気状態が誘発され、それに伴い血中のCO2の低下によって呼吸性アルカローシスが生じる。その後、遅れて重炭酸の尿中排泄量が増加することでpHが維持される。図3に静脈血酸素分圧、静脈血二酸化炭素分圧、重炭酸濃度、pHの推移を示す。
(1)静脈血酸素分圧 (2)静脈血二酸化炭素分圧
(3)重炭酸濃度 (4)pH
図3採血結果
急激な高度負荷に伴い血中の酸素濃度の低下ならびに、過換気によると思われる二酸化炭素分圧の低下、呼吸性アルカローシスを認めた。重炭酸濃度の低下はある程度時間を経てから見られた。
図4はpHの推移を高山病の有無で分けたものであるが、pHと高山病の関連の可能性がある。治療として用いられる重炭酸水素ナトリウムはこのpHを維持することがその効果と関連している可能性がある。
続いて循環動態の変化を示す。
高山病を呈した登山者では心拍出量の顕著な増加が見られた。高所で安静にて滞在した後でも心拍出量の増加が見られた。酸素運搬量に関与するヘモグロビン濃度の推移においては脱水に伴うと考えられる軽度の上昇は認めたが、高山病の有無との関係はみられなかった。
(1)Cardiac Index (心係数) (2)Cardiac Index(心係数)
図.5 循環動態の変化
考察とまとめ
1.心拍出量の増大について
酸素運搬量はヘモグロビン濃度、心拍出量、動脈血酸素飽和度に大きく依存する (溶存酸素は微量であるため)。Hbは短期間では大きくかわらず、高度による酸素飽和度の低下を代償するには、心拍出量を増やす必要がある。実際に、心拍出量を測定するには、カテーテルによる測定が必要であるが、最近のデバイスを用いることで富士山においても測定することが可能であった。結果は、予想通り心拍出量は増大した。特に、高山病症状の強いものにおいて、その傾向は強かった。
2.アルカローシスの進行について
高度の上昇にともなってpHは上昇していた。酸素解離曲線を考えた時、呼吸性のアルカローシスは同じ酸素分圧においても酸素飽和度を上昇させる。つまり酸素運搬量においてアルカローシスは有効な手段である。高地において、呼吸性アルカローシス下で、心拍出量をあげることは、生体において酸素運搬量を最大化している結果と考えられた。